銃は悪だー。

平和を愛し、環境保護への関心が高く、
６４年間上位中産階級の生活を守って来たリベラル派の私にとって、
これは絶対に帰ることのできない「真実」だった。
道徳観という揺れ動く羅針盤の中で、絶対に動かない一点のはずだった。

ところがある日、一羽の赤い小鳥がすべてを変えた。
心のよりどころだった絶対的な価値観は引き裂かれ、
私はそれまで避難して来た全米ライフル協会の支持者や、
銃の所持に賛同する人々に同調するようになった。

一羽のオスのショウジョウコウカンチョウが
我が家の窓ガラスを「攻撃」しはじめたのは３年前。
毎朝、日の出とともにソーラー発電の屋根に舞い降り、
窓に映る自分の姿めがけて狂ったようにガラスをつつく。
寝室と居間、食堂の窓を回ると、屋根に戻って繰り返す。

バン！　コツン、コツン！
キッキー（ガラスを引っ掻く音）！

１年２ヶ月の間、攻撃にさらされた私と夫は、
自由とほんの少しの睡眠時間を取り戻すために、あらゆることを試みた。
粘着テープを木の枝や窓枠に張り、
釣り糸を編んで作った網を窓にかけ、
周囲の木の枝には鳥の模型をくくりつけた。
庭には鏡をおき、ヒマワリの種で作ったわなを仕掛けた。
鳥に石を投げつけたり、ホースで水をかけたりもした。
だが、何をしても無駄だった。

３年がたち、私はおかしくなった。
睡眠のリズムが崩れ、手が震え、頭痛がし、目がかすんだ。
クッキーを焼くおばあちゃんだった私は、
精神を病んだゾンビになってしまった。

環境にやさしい友人たちに背を向け、
私は戦いを擁護する人々に近づいた。

「ショウジョウコウカンチョウを撃ちたいのですが」
銃販売店のカウンターで、私は中年男性に言った。
「その鳥を撃つのは法律違反です」と、彼は答えた。
私は「自衛のためです」と言って、悲惨な状況を説明した。

（中略）

大量の書類に記入しながら、私は言った。
「リベラル派の女が銃を買いにくるなんて珍しいでしょう」
男性は含み笑いを浮かべて答えた。
「（事実を知ったら）驚きますよ。
『銃が悪』なのは、銃を必要としない時だけです」

（中略）

その週はくる日も来る日も、銃を片手に庭で過ごした。
子の悪夢を終わらせたい一心で、草むしりをしながらひたすら待った。
鳥は相変わらず窓への体当たりを繰り返していたが、
なかなか狙いやすい場所に止まらなかった。

週の終わり頃、寝室の窓への体当たりを終えた鳥は、
ついに絶好の場所に止まった。
私が引き金を引くと、
小さな「赤い悪魔」は地面に落ちた。

安堵感の波が押し寄せ、
その後に信じられないという思いがわいてきた。
１８メートル先の、小さな標的を本当に撃ったのだ。
私は自分の胸を何度もたたき、勝利の雄叫びを上げたい衝動に駆られた。

そこへ、６０年以上持ち続けて来た価値観が頭をもたげた。
ひざがガクガクして、銃に涙が垂れ落ちた。
なんてことをしてしまったのだろう。

私は鳥の死骸を残したまま、銃をクロゼットに隠し、鳥の死を嘆いた。
そして、自分のなかで鳥と一緒に何かが死んでしまったことを悲しんだ。

私は心のよりどころをまた一つ失った。
絶対に帰ることができないはずの「真実」をまた一つ、なくしてしまった。

（ニューズウイーク日本版　ウォルダ・キャメロン）