少女時代

お空を飛びたいといつも願っていた。
白い羽を広げて、この冷たい石のおうちを抜けて。

黒大理石の螺旋階段は、私の魂を捉える迷宮。
親戚から「石御殿」と呼ばれた私の実家は、石造りの牢屋。
御影石は墓場石。
墓の中で少女の理香は毎日沐浴をしていた。

縁という抜けがたい鎖が私を縛る。
生まれながらの囚われ人は、
抜け出そうという努力も放棄して、
ただ、ひたすら与えられた役割を演じるだけ。

駆け出す地面は、空中庭園の庭。
奥行きのないフェイクのネイチャー。
いつの日か果てしなく続く大地を踏みしめたいと願った。
どこまでも続く道を歩いてみたいと思った。

切り取られたような窓に果てしない空。
空を飛ぶ鳥の自由にあこがれながら、
庇護のない世界の危険に踏み出せないでいたあのころ。

いくつもある使ってないお部屋を探検してみたり、
納戸に納められている古い本を繰りながらため息をつくのが
少女理香の精一杯の冒険だったのです。

よしんばここから救ってやると、
あたたかな手を伸ばされたとしても、
おそらくあなたのその手を取ることはなかったでしょう。

人を縛るのは簡単なことです。
外の危なさを吹き込めば良いのですから。

そう。
うちはなんでもあるパラダイス。
大事なお人形さんも、ポメラニアンのリーちゃんも、
クリスチャンディオールのお洋服も、毛皮のケープも、
すばらしい教育も、お手伝いさんの作ってくれるクッキーも、
ピアノも、シャンデリアも、マリア様も全部。

「窓がない白い宮殿はつるつるで誰も上れない。
それでも泥棒は忍び込み、
泉に浮かんだ金のリンゴを盗っていく。」
子供の頃の謎かけ。

まるくなって羽化を待った少女時代。
今は少しは立派な羽が生えたかしら。
力強く大空を飛ぶことが出来ているのかしら。